光文社 (2017-01-17)
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本書は日本のネットメディアのなかで、立ち位置がことなる5つのメディア、Yahoo! JAPAN、LINEニュース、スマートニュース、日本経済新聞電子版、NewsPicksの関係者を取材したルポルタージュだ。これを読むと各メディアの知らなかった内情がわかる。本書に描かれていることがらは、ネットメディアの業界関係者なら常識かもしれないが、利用者の立場からはなかなか知りえない裏舞台だ。各メディアの動向を知ることは、ネットメディアを漠然と利用していた者にとって、日ごろの情報収集を反省的にとらえることができ役に立った。ここに描かれているのはほんの一端なので、さらに細かい裏舞台を描いた骨太のルポルタージュを読みたくなった。
ここでは本書の内容にくわしく立ち入ることはしないが、いくつか気にとまったことをメモしておく。ヤフーの章では、筆者がYahoo! JAPAN社長への取材がかなわなかったことをYahoo!個人で批判して炎上した記事の顛末が書いてある。スマートニュース創業時のサービス設計の話は、スマホを前提としたプラットフォームを試行錯誤して構築してく様子がかいまみえ、とても興味深かった。本書に取り上げられている5社以外にも、日本にはネットメディアが多数ひしめきあっている。2017年のいま、日本のネットメディアを取材対象とするのなら、急成長しているBuzzFeed(バズフィード)日本版は外せないだろう。バズフィードについては第7章で触れられてはいるが、ほかのメディアと同じように掘り下げた中身を読みたい。
本書は、もともと『猫とジャーナリズム』というタイトルだったそうだ。この奇妙なタイトルはネットニュースの特徴をあらわしている。「猫」とはかわいい猫写真が並んでいるソフトニュースのこと、「ジャーナリズム」とは社会的な硬いニュースのことを指している。ソーシャルメディアでシェアされるソフトニュースはPV(=広告収入)を稼げる一方、既存メディアではトップ扱いの硬いニュースはネットではアクセスが低調で扱いが下がっている。こうした状況のなかでさまざまなニュースを取り扱うプラットフォームは、どの記事をどのように取り扱うかのさじ加減がきわめて重要になる。この編集作業こそがネットメディアの核心であり各サービスを性格づけている。この部分を経験豊富な人間がきめ細かく行うのか、アルゴリズムで最適化するのかは、それぞれのサービスによって様々だ。またそうした掲載指針をステートメントとして表明しているかどうかも各社違いが見られる。
この軸だけで十分だったようにおもえるこの本は、2016年の米大統領選での偽ニュース騒動を契機に「偽ニュース」を軸に編集しなおしたという。まるで話題のキーワードである「偽ニュース」がタイムリーに本になったようにみえる。とはいえ本書は「偽ニュース」問題が中心にあるのではなく、あくまで2016年時点における日本のネットメディア各社の編集・運営方針についての取材記である。
本書を読んでさらに知りたくなったことがある。それは、ネットメディアの重要なプレイヤーである「読者」と「広告」との関係だ。元新聞記者・ジャーナリストとしての筆者の視点は、当然記者や編集者といった「書き手」に立っているが、読者や広告によっても編集のあり方が変わりうるだろうからだ。
既存メディアとネットメディアでは読者の存在感が大きく違う。ここでいう読者は、単に記事を読むだけではなくその記事をもとにアクションを起こす人も含んでいる。ネットメディアの読者は、偽ニュースやステマにだまされる無知な被害者だけでなく、記事の死角を指摘し、疑惑を検証し、裏を読む者もいる。もちろん既存メディアの読者にもそうしたアクションを起こす人はいるが、可視化されていなかった。読者のなかにも特定の分野に長けた専門家がいることがはっきり分かるネットでは、既存メディアとはことなる読者とのつきあい方をしなければならない。もはや送り手とオーディエンスを一方向的につないだ単純なメディアの構図ではとらえきれない。
もう一つは広告だ。ネットメディアの編集は、アドテクと称される広告の配信技術や支払い方法などの「アーキテクチャ」に大きく左右されているように感じる。その証拠に、読者の利便性を損なうにもかかわらず、PV至上主義による広告枠の水増し、記事ページ分割、スライドショーなどが横行している。
わたしは、多くの読者が「偽ニュース」ではない良質なニュースを求めているし、アクセス数だけでは測りきれない「記事のクオリティ」が存在すると信じている。読者が知らなかった世界をひらき、それまで認識を変えてくれるような、はっとするような記事や記者には賞賛の声を送りたい。だけど今あるのは、SNSやソーシャルブックマークでの反射的な反応が盛り上がっては忘れ去られる。そこには皮肉や冷笑など、ネガティブな反応が必要以上に目立っている。紙の時代にはできなかった、個々の記事へのアクセスの詳細な分析から、読者の建設的な反応をかえす流れはつくれないだろうか。分析を広告収益を最大化するためだけに使うのでなく、記者への還元を最大化できるようになれば、結果的に記者・読者双方の満足度が向上するはずだ。これはネットメディア単体で解決できる問題ではなく、広告業界やSNS、検索エンジンのあり方も含めインターネットの情報流通をどうするかのビジョンにかかわる。もしかすると、このような仕組みづくりに、スマートニュースの共同創業者・鈴木健の仮想貨幣「PICSY」のような概念が使えるのかもしれないと妄想がふくらんだ。
書誌情報
藤代裕之,2017,『ネットメディア覇権戦争 偽ニュースはなぜ生まれたか』光文社.
目次
- はじめに──「偽(フェイク)ニュース」が世界を動かす
- 第1章 戦争前夜 偽ニュースはなぜ生まれたか
- 第2章 王者ヤフーの反撃
- 第3章 負け組LINEの再挑戦
- 第4章 戦いのルールを変えたスマートニュース
- 第5章 課金の攻防・日本経済新聞
- 第6章 素人のメディア・ニューズピックス
- 第7章 猫とジャーナリズムと偽ニュース
- 著名ブロガー、ジャーナリストへのインタビュー
- 山本一郎(投資家、ブロガー)
- 石戸諭(ジャーナリスト、バズフィード日本版記者)
- 新谷学(週刊文春編集長)