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エキソニモの作品は死なない アン・デッド・リンク 東京都写真美術館

potariに寄稿した記事です)

東京都写真美術館で開催されているエキソニモの個展を堪能してきた。展覧会のビジュアルは、文字による構成が巧みな水戸部功のデザインだ。

エキソニモ UN-DEAD-LINK アン・デッド・リンク
インターネットアートへの再接続
東京都写真美術館(目黒区)

エキソニモをご存知だろうか。東京、福岡を経て、現在はニューヨークを拠点としている二人組のアーティストだ。活動する分野は脱領域的だが、一般的にネットアートやメディアアートとよばれる領域にちかい。

メディアアートはメディア技術を使っているために、ともすれば斬新な技術をいちはやく採用する「工学的」な表現や、エンターテインメント産業と結びついたサービスや商品の開発に向かいがちだ。メディアアート単体でマーケットが成り立ちにくい日本では、こうした傾向が顕著だ。そのなかでエキソニモは独自の活動をつづけていて異彩をはなっている。

エキソニモは、ネットやデジタル機器を表現の媒体にしながらも、決して仮構の世界にとどまろうとしない。むしろリアルな物質や身体、生死など、現実空間をつよく意識している。深刻な側面もありつつ、ユーモアもアイロニーもこめた絶妙なバランスのうえに成りたった作品が魅力だ。

こうしたエキソニモ作品の特徴は展覧会の会場構成にもあらわれていた。展示室の床面には5色のLANケーブルが床を這い回っている。5つの色は、作品のキーワードに対応し、それぞれインターネット、プラットフォーム、インターフェース、ランダム、境界をあらわしている。作品の展示場所まで到達したケーブルの色が、作品のタグを示しているという仕掛けだ。会場内を歩き回るには、床にあるケーブルをよけ、またがっていかなければならない。ふだんならスクリーン上の「リンク」をクリックやタップするだけで航行(ナビゲート)できる仮想的なサイバー空間が、ここでは足を使って慎重にたどる現実空間に置き換られている。

展覧会タイトルの「アン・デッド・リンク」には、古いWebページへの参照ができなくなった「デッドリンク」を再接続するという意味が込められている(ちなみに同名の作品もある)。このタイトルの通り、かなり古いものもふくめエキソニモの歴代の作品がよみがえっている。懐かしいブラウン管モニターも、ここでは何事もないように動作していてちょっとしたタイムスリップ感が味わえる。

ひとつだけ作品を紹介したい。《Natural Process》(2014)は、Googleのトップページを絵画にするプロセスを記録した作品だ。インターネットの象徴的イメージであるGoogleのトップページを、そっくり巨大絵画として描き、その制作過程をWebカムを通じてネット中継する。ネットのイメージをアナログ化すると同時に、デジタルの世界にふたたび戻している。完成した絵画は、Google社が購入し所有している。今回の展覧会で作品を借りようとしたが、新型コロナウイルスの影響でオフィスに立ち入ることができず、借りられなかったという。そのため展覧会には絵画そのものはなく、経緯を説明したテキストなどが掲示されている。

ところでGoogleは現在世界シェア1位のウェブブラウザ「Google Chrome」を公開している。しかしこの作品が作られた当時、Chromeは存在していなかった。現在結果的に、この絵画には競合製品である「Internet Explorer」のウィンドウが描かれたことになる。そのため、いまではGoogle社内でも展示されていないようだ。もともとこの作品はプロセスを記録したものであり、その旅に終わりはなく現在も進行している。サーチエンジンやウェブブラウザの浮沈とともに、作品の運命も変わっていくのかもしれない。

メディアアートは刻々と変化する時代状況を反映している。エキソニモのように存命の作家がつくる新しい作品を、同時代に体験できるのは貴重だ。今回の個展では、1990年代の作品から最新作までがならんでいる。世のなかのデジタル機器は変化し陳腐化をくり返しているのに、刹那的にもみえるエキソニモの作品がむしろ死なずに生き残っていることに気づかされた。

大規模な回顧展だが、すべての作品・プロジェクトが網羅されてはいなかった。可能ならば、個人的なメディア経験をふりかえりながら、エキソニモの完全な「アン・デッド・リンク」を一度に体験したくなった。

展覧会は10月11日まで開催中。ネット会場でも作品を体験できる。

『超ビジュアル訳 ニーチェの言葉』をつくりました

このたび、すぎもと組では2冊目の技術同人誌『超ビジュアル訳 ニーチェの言葉:p5.jsでうたう「深夜の鐘の歌」』をつくりました。

特設ウェブサイトはこちら。

https://visualized-nietzsche.tumblr.com/

技術書典9で頒布します。

https://techbookfest.org/product/5727504515989504

この本の特徴

ずばり!
・ニーズのない本です(明日の仕事に役立ちません)
・右綴じ・縦書きの本です
・ニーチェの入門になる本です
・p5.jsをすこし学べる本です
・紙で読んでいただきたい本です(電子版はおまけです)
……ようはヘンな本です。

「超ビジュアル訳」って何?

超ビジュアル訳とは、テキストをビジュアルに翻訳すること。本書では、ニーチェの詩の一行一行を解釈し、想像したイメージをつくりあげました。どのイメージも文字を構成したタイポグラフィ作品です。

今回も編者のわたしの呼びかけに応じた学生といっしょに作りました。表紙、本文のイメージ、テキストは、ほとんど学生が制作しました。わたしはブックデザインに力をいれました。

目次

まえがき

第一部 作品篇
  深夜の鐘の歌
  ひとつ!
  ふたつ!
  みっつ!
  よっつ!
  いつつ!
  むっつ!
  ななつ!
  やっつ!
  ここのつ!
  とお!
  じゅういち!
  じゅうに!

第二部 解説篇
  深夜の鐘の歌
  「深夜の鐘の歌」解説

第三部 技法篇
  p5.jsとは
  作品概要とコード解説

あとがき

Zarathustra’s Rundgesang
ニーチェ略歴
ブックガイド
編著者かく語りき

技術書典すごい!

さて、前回の技術書典8は急遽オンライン開催になりましたが、今回ははじめからオンラインイベントとして開催されます。
イベント運営の目玉として、作り手にも読み手にもやさしい変更がたくさんありました。出展料が無料、販売手数料ほとんどの場合無料、紙の本の送料も無料。前回、主催者にはおおきな損失があったはずなのに、こんなすぐに新機軸が発表されるなんてびっくりです。これでイベントが成り立つのか心配ですが、きっと大丈夫なのでしょう。ありがたくこの場を使わせていただきます。

既刊もどうぞ

すぎもと組の既刊『ばぶでもわかるおぶざばぶる D3.jsとObservableではじめるデータビジュアライゼーション超入門』もひきつづき頒布します。こちらもどうぞよろしくお願いします。特設ウェブサイトはこちら。

https://observable-babies.tumblr.com/

技術書典9のページはこちら。

https://techbookfest.org/product/5174238650564608

技術書典9のp5.js本

技術書典9にでているp5.js関連本は、レオナさんの2冊が注目です!

できるだけ毎日続けるためのデイリーコーディング戦略 [第2版]
https://techbookfest.org/product/6000948635762688

2時間でクリエイティブコーダーになる本 p5.jsではじめるアートプログラミング
https://techbookfest.org/product/5666883730669568

ぜひお求めください!

ニーチェ本は、あまり世の中に似たものがないヘンな本です。読んでくれる人がどれほどいらっしゃるか想像がつきません。興味をもたれた方はぜひお求めください。印刷費をたっぷりかけて紙の本をしっかり作りました。でも赤字覚悟でお安くしています。
お読みになった方から感想をいただけることをたのしみにしています。

技術同人誌『ばぶでもわかるおぶざばぶる』をつくりました

このたび、すぎもと組は技術同人誌『ばぶでもわかるおぶざばぶる』をつくりました。すぎもと組とは、わたしが授業連絡などでつかっているSlackのワークスペース名です。決してあやしい団体ではありません。

すぎもと組編,2020,『ばぶでもわかるおぶざばぶる : D3.jsとObservableではじめるデータビジュアライゼーション』すぎもと組.

技術書典応援祭(オンライン開催、2020年3月日−4月5日)

つくった経緯

この同人誌は、「技術書典8」にはじめて出展する予定でした。新型コロナウイルス感染症のため開催中止となり、代わりに開催されている技術書典応援祭に出展しています。

技術書典は、来場者1万人規模の大きな技術同人誌の即売会イベントです。2018年秋、わたしは出張の合間に技術書典5に参加者として訪れました。開場前からの長蛇の列に、身動きがとれないほどの会場内の混雑ぶりに驚きながら、こんな場に参加するなら、出展者として参加したほうが楽しいだろう。そう思いましたが、地方在住者(当時は佐賀在住)としては、東京でしか開催されない技術書典への出展は現実的ではありませんでした。もちろん地方から参加しているサークルも多数あるとはおもいますが。

それから1年──。2019年の秋、わたしは東京に引っ越していました(!)。メールマガジンで技術書典8サークル参加申込みの締切が迫っていることを知り、出展することを思いついたのです。締切前日(2019年11月30日)に、いっしょに同人誌作ってみないかとデータ可視化の演習授業の受講生に呼びかけました。すると数人の学生が手をあげたので、翌日ぎりぎりに申し込みました。12月15日、当選発表があり、参加費を支払って制作をはじめました。

2月中旬にできあがったので、制作期間は約3か月です。ただし実質はもっと短い短期集中で作りました。学生は第2章の作例を担当し、わたしは前半の第1章を担当しました。第2章の内容や、タイトル、カバーデザイン、イラストなどは、どれも学生の発案です。

目次

はじめに
第I部 入門編
第1章 D3.js をはじめよう
 1.1 D3.jsとは
 1.2 はじめてのD3
 1.3 D3 vs.jQuery vs. JavaScript
第2章 Observable 入門
 2.1 Observableとは
 2.2 ノートブックの編集
第3章 Observable の JavaScript
第4章 ノートブック・ギャラリー
第II部 実践編
第5章 シンプルな表
 5.1 ここで作れる表
 5.2 2次元配列の場合
 5.3 オブジェクトの配列の場合
第6章 ロリポップチャート
 6.1 ここで作れるグラフ
 6.2 データの準備
 6.3 チャートの作成
第7章 折れ線グラフ
 7.1 ここで作れるグラフ
 7.2 データの準備
 7.3 チャートの作成準備
 7.4 チャートの作成
第8章 ドーナツチャート
 8.1 ここで作れるグラフ
 8.2 データの準備
 8.3 チャートの作成
第9章 箱ひげ図
 9.1 ここで作れるグラフ
 9.2 データの準備
 9.3 チャートの作成
第10章 ヒートマップ
 10.1 ここで作れるグラフ
 10.2 データの準備
 10.3 チャートの作成
第11章 地図
 11.1 ここで作れる地図
 11.2 データの準備
 11.3 地図の作成
著者紹介
おわりに

誰のための本か

この本で紹介しているのは、JavaScriptのライブラリD3.jsと、JavaScriptの共有ノートブックWebサービスのObservableです。データビジュアライゼーション超入門と謳ったとおり、はじめてデータからビジュアルをつくってみたい初学者のためのガイドブックです。そのため本書で取り扱っているのは、棒グラフなどの基本的なチャートです。複雑なデータビジュアライゼーションではありませんが、データセット(CSVやJSONなど)があれば、ちょっとしたスケッチを描くように可視化できるので、ぜひ体験していただきたいです。

Image from Gyazo
わたしのObservableノートブックは200個を超えています。

デザイナーの方でも、エンジニアの方でも、データの可視化にすこしでも興味のある方は、ぜひ読んでいただきたいです。また、学生やお子さんも、プログラミングの入門として気軽に読んでいただけます。

感想は、ハッシュタグ #ばぶでもわかるおぶざばぶる #ばぶ本 でお待ちしています。続編の希望があれば、動的なデータの取り扱いや、ボタンなどをつかったインタラクションなどについても書いてみたいです。

同人誌づくりは楽しい!

はじめて技術同人誌をつくってみて、よかったと思ったことがいくつかありました。

第一に、誰かといっしょにつくる楽しさがあります。今回は、学生といっしょに作ったことでなんとかできあがりました。ひとりでつくっていたらモチベーションを維持できず、途中で頓挫したかもしれません。

第二に、テーマとなる技術の勉強になります。執筆した学生は、「文章で伝えるって難しいですね」とつぶやいていました。何となく理解しているつもりのことでも、伝えるために文章に起こすと、意外と分かっていなかったりします。だれかに教えるためには、まず書き手が学ぶ必要があるんですね。わたしも内容に間違いがないように、D3.jsのソースコードを確認することがあり、大いに勉強になりました。

第三に、出版物の理解が深まります。同人誌でも商業書籍でも、1冊の本が生まれるまでには、企画、執筆、編集、デザイン、組版、印刷、製本、営業(宣伝)、流通、販売など、数多くのプロセスがあります。同人誌を作ることは、そのプロセス全部に関われます。世の中に流通している本にも、ひとつひとつ制作のストーリーがあることに思いをはせると、本が生まれることへの感謝の気持ちが生まれました。

今回、同人誌最大の醍醐味である対面販売の機会がなくなったのは残念ですが、同人誌づくりは楽しかったです。技術書典に関心のある人は、ぜひ何か作ってみてはいかがでしょうか。複数人で書くのが気楽でよいとおもいます。丸ごと1冊書ける人でも、デザインや校正など他者の協力をもらいながら作ることを強くおすすめします。その方が完成度も上がりますし、なによりつくる過程を楽しめますから。

制作プロセスについては、別途エントリーをあげる予定です。

Zine『Data Drawing about tableware in everyday life』をつくりました

Zineをつくりました。

Dear Dataに触発され、個人のデータを描くワークショップをここ数年おこなっています。2019年度後期の演習授業でじっくり時間をかけて取り組むことができたので、その成果を1冊のZineにまとめました。

このZineは、2020年3月1日に開催される予定だった「技術書典8 Day2」で、『ばぶでもわかるおぶざばぶる』を購入していただいた方におまけでお配りする予定でした。「技術書典8」が新型コロナウイルス感染症対策で開催中止になったため、このZineが頒布されることはなくなりました(イベントでの頒布の許諾しか得ていなかったので)。そこで今回は関係者のぶんのみ作成することにしました。非売品です。見てみたい方は直接ご連絡ください。

このZineについて
これは13人のデータドローイング集です。すべてのスケッチは作者のパーソナルなデータをもとにつくられています。描く前に、作者は2019年10月の1週間のすべての食事のすべての食器の情報を書きとめました。データビジュアライゼーションの入門として、このデータをもとにスケッチを描いてみたのです。ドローイングはさまざまですが、どれも作者の日常生活を反映しています。こうしたパーソナルなデータドローイングは、ステファニー・ポサヴェクとジョルジア・ルピの『Dear Data』に触発されて行いました。

作品提供:
「ネットワーク演習B・実習B」受講生・TA(首都大学東京システムデザイン学部)
「情報デザインIII」受講生(佐賀大学芸術地域デザイン学部)

担当教員:
杉本達應
lab.sugimototatsuo.com

書誌情報:
Data Drawing about tableware in everyday life
発行日:2020.03.01
発行:すぎもと組
© every author
NOT FOR SALE

『Dear Data』日常生活のデータが綴られたビジュアルな文通

2016年の書きかけの書評。ブログにアップしていたとおもっていたけど、アップしていなかったようなので、ここにあげておく。


Lupi, Giorgia, and Stefanie Posavec. Dear data

Dear Data
Dear Data

posted with amazlet at 16.11.11
Giorgia Lupi Stefanie Posavec
Princeton Architectural Press
売り上げランキング: 30,680

↑米国版

Dear Data
Dear Data

posted with amazlet at 16.11.11

売り上げランキング: 1,992,209

↑英国版

本書は、ニューヨークとロンドンに住む同い年の女性デザイナー、ジョージア・ルピとステファニー・ポザベックのふたりが1年間文通した記録だ。葉書の内容は、文字で書かれたメッセージではなくデータをあらわすグラフィック。52週にわたって綴られた量に圧倒されるだけでなく、毎週あらたな表現にチャレンジしていることに驚かされる。本書のさいごに「そんなに難しくないよ」と、つくる手順が紹介されているが、しっかり取り組むとこれだけで1週間が終わってしまいそうだ。

  1. データ収集家として世界を見よう
  2. 問いからはじめよう
  3. データを集めよう
  4. データをじっくり見よう
  5. まとめて分類分けしよう
  6. メイン・ストーリーを見つけよう
  7. ビジュアルをひらめいて、自分らしいボキャブラリーをつくろう
  8. 最初のアイディアでスケッチして実験しよう
  9. 最終版のスケッチを描こう
  10. 凡例を描こう
  11. 最後に投函しよう

交わされた葉書はすべてWebサイトで見ることができるが、細部までじっくり眺めることができる本をおすすめする。

本書は、ジョージアとステファニーが、日常生活の細かなことを相手に見せながら仲良くなった物語です。といってもカフェやバー、ソーシャルメディアでおしゃべりしたのではありません。その代わり、時代遅れの通信に変わった工夫をほどこしました。1年のあいだ毎週ポストカードを送りあい、その週の出来事を相手に説明するのです。出来事を「書く」のではなく「描く」ことにしました。すべての出来事は描かずに毎週テーマを決めました。

毎週月曜日、その週の自分に関するデータを集めるテーマを決めます。文句を言う頻度、嫉妬にかられる回数、いつだれの身体と接触するか、聴こえてくる音。葉書サイズの紙に、こうしたデータをあらわすスケッチを描き、ステファニーは「ポストボックス」(英国)に、ジョージアは「メールボックス」(米国)に投函しました。

[……]私たちは「ビッグデータ」の時代に生きていると言われています。そこではアルゴリズムと計算が普遍的な問いへの新たな鍵であり、無数のアプリケーションが私たちのデータを発見し、収集し、ビジュアライズすることで、人間を超人にしようとしてくれます。私たちは、もっとゆっくり、よりアナログな方法でデータに近づくことにしました。「Dear Data」は、自分を定量化するプロジェクトではなく、「パーソナル・ドキュメンタリー」だと考えています。これは微妙だけれど決定的な違いです。ただ効率化するためにデータを使うのではなく、より人間的になり、他者と深いレベルでつながるために、データを使うことができると思うのです。

(はじめに)

二人はビッグデータ時代の功利的なデータ活用が盛んに広まっている潮流に抗い、あえてデータをテーマにしたパーソナルなドキュメンタリーに取り組んでいることがわかる。もっとも彼女たち自身はデザイナーとして、ふだん商業的なプロジェクトに携わっているはずだ。そうした合間に、みずからの好奇心とスキルをいかしながら個人的な表現活動を続けている。そのことに表現者としての矜持を感じた。

書誌情報

Lupi, Giorgia, and Stefanie Posavec. 2016. Dear data. New York : Princeton Architectural Press.
Lupi, Giorgia, and Stefanie Posavec. 2016. Dear data. London: Particular Books.

目次

  • 序文 Maria Popova(米国版のみ)
  • はじめに
  • 本文

リンク

ビデオ

Eyeo 2015 – Giorgia Lupi and Stefanie Posavec from Eyeo Festival // INSTINT on Vimeo.

ごあいさつ 佐賀大学から首都大学東京へ

2019年10月1日に首都大学東京システムデザイン学部の教員に着任しました。

3年半在籍した佐賀大学では、佐賀や九州の皆さんに大変お世話になりました。佐賀大学では、新学部スタートメンバーとして、学部の立ち上げという貴重な機会に関わることができました。芸術地域デザイン学部は、総合大学のなかの新設芸術系学部、教員規模は学内最小の組織であり、全員野球で学部運営を乗り切らなければならないタフな職場でした。今年度は、佐賀大学の非常勤講師として、引き続き授業担当や学生指導にあたります。

首都大学東京では、インダストリアルアート学科のネットワークデザインスタジオを担当します。工学の色の強い学部の平原に、アートや文化もあつかう学科の小さな領地があるようで、ここでおもしろいことができればとおもっています。

さて、この夏は、いろいろなことが重なり、余裕のない日々を過ごしていました。8月の物件探しと契約、8月末の佐賀での大雨被害の後処理、9月上旬のSFPC Summer 2019 in Yamaguchi参加、9月下旬の入試、potariの演習、そして引越手配とそれにともなうトラブルの数々……。じつはいまだに引っ越しが落ち着いていません。

そんなドタバタで、このエントリーが10月下旬になってしまいました。所属が変わったことについて、まだごあいさつできていない方もたくさんいらっしゃいます。ひとまずこの場でごあいさつさせていただきます。

2018-10-13「2018年度日本デザイン学会秋季企画大会」で発表しました

2018年10月12〜14日に九州大学大橋キャンパスで開催された「2018年度日本デザイン学会秋季企画大会」で、2件の発表をしました。

1つ目は、10月13日のライトニングトーク発表です。

杉本達應「『仮想書棚』の試み」

2つ目は、10月14日の第5支部研究発表会の口頭発表です。

杉本達應「データ可視化の制作プロセスの共有を支援するツールの検討:『データ駆動型デザイン』を学習する技術的環境」

2018-09-16 「DxD at Fukuoka データビジュアライゼーションを語る会」を開催しました

2018年9月16日、福岡県Ruby・コンテンツ産業振興センターで「DxD at Fukuoka データビジュアライゼーションを語る会」を開催しました。共催の「ももち浜TECHカフェ」さんに博多駅至近の会場をご提供いただきました。

開催概要
2018-09-16 「DxD at Fukuoka データビジュアライゼーションを語る会」を開催します – lab.sugimototatsuo.com

多様な領域からご参加いただき、ありがとうございました。昨年から主宰しているDxD研究会をはじめて公開しました。データビジュアライゼーション領域で活動されている山辺さん、矢崎さんをお招きして、それぞれの実践事例など話題提供いただきました。当日は時間が足りず、参加者をまじえた十分なディスカッションができなかったことを反省しています。またデータビジュアライゼーションをテーマのイベントが開催できればと思っています。

(写真:牛島清豪さん、矢崎裕一さん、杉本達應)

当日の発表資料を置いておきます。

データビジュアライゼーションの制作方法を学ぶ
杉本達應

アート+サイエンス、ビジュアライゼーションの現在―産学官連携と実践
山辺真幸さん

参加者限定で共有しました。

見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込んだ
矢崎裕一さん

こちらのリンクをご覧ください。

ジェネラティブ・アートを愛する理由

VVRRR - Manolo April, 2018

VVRRR – Manolo April, 2018

Why Love Generative Art?
2018-08-26 / Jason Bailey
Translated by Tatsuo Sugimoto

訳者より
これは、Jason Bailey (2018), Why Love Generative Art? の全文を日本語に訳したものです(原著者許諾済み)。このエッセイは、著者も断っている通り、ジェネラティブ・アートの網羅的な歴史ではありませんが、ファインアートとの関係、女性アーティスト、Processing、Flash、AIといった多くのトピックを扱っていて、この分野の歴史を手軽に把握することができます。興味をもたれた方は、リンク先の各作家の情報や、元記事のコメントHacker Newsのコメントもチェックしてみてください。日本語訳では、目次と一部のリンクを補いました。誤訳の指摘は、@sugi2000までお寄せください。

目次

はじめに

この50年間、世界は急速にデジタル化しました。ジェネラティブ・アートほど、この変化の時代──私たちの時代──をとらえたアートの形式はありません。ジェネラティブ・アートは、コンピュータがもたらしたものをすべて活用し、エレガントで引き込まれる作品を生みだしています。これらの作品は、モダンアートの誕生以来アーティストが追究している同じ原則とゴールとを拡張しているのです。

幾何学的、抽象化、偶然性は、ジェネラティブ・アートに限らず、20世紀のあらゆるアートにとって主要なテーマです。美術史家でジェネラティブ・アートのアマチュアとして、私にはジェネラティブ・アートへの影響に明確な線が見てとれます。その線は、セザンヌからスタートし、以下にあげるものをまっすぐ通り抜けています。

Group IV, No. 3. The Ten Largest, Youth - Hilma af Klint, 1907

Group IV, No. 3. The Ten Largest, Youth – Hilma af Klint, 1907

Suprematist Composition - Kasimir Malevich, 1916

Suprematist Composition – Kasimir Malevich, 1916

Circles in a Circle - Wassily Kandinsky, 1923

Circles in a Circle – Wassily Kandinsky, 1923

Highway and Byways - Paul Klee, 1928

Highway and Byways – Paul Klee, 1928

Rotorelief 1 (Optical Disks) - Marcel Duchamp, 1935

Rotorelief 1 (Optical Disks) – Marcel Duchamp, 1935

Concentric Squares - Josef Albers, 1941

Concentric Squares – Josef Albers, 1941

Study for Meschers - Ellsworth Kelley, 1951

Study for Meschers – Ellsworth Kelley, 1951

Red Meander - Annie Albers, 1954

Red Meander – Annie Albers, 1954

Burn - Bridget Riley, 1964

Burn – Bridget Riley, 1964

Wall Drawing 11 - Sol Lewitt, 1969

Wall Drawing 11 – Sol Lewitt, 1969

わたしの目には、これらの影響はすべて初期のジェネラティブ・アートから現代の実践者へとダイレクトにつながっているように見えます。そのため、アート好きの友人の多くが、ジェネラティブ・アートを無関係なものや関心の対象外にしたり、アートと呼ぶに値しないものとまで断じていたりしていると戸惑ってしまいます。

あらゆる世代が、自分たちの時代にはなぜミケランジェロもピカソもいないのかと問いながら、アートは死んだと主張します。ところがその孫の時代になってから、ようやくその時代に天才がいたことが見出されます。私たちには、自分たちの世代に生きている(制作もしている)偉大なアーティストを受け止められる特別なチャンスがあるのです。この記事で、私はこの事実を訴えたいとおもっています。ここでは、人びとがしばしばジェネラティブ・アートと格闘する理由と、以下のことがらを探求していきます。

  • ジェネラティブ・アートのシンプルな定義の提案
  • アーティスト自身ではなくジェネラティブ・アートを作るマシンを制作者とする考えの放棄
  • ジェネラティブ・アートの仕組みの技術的でない事例の提供
  • 1960年代初頭にさかのぼるジェネラティブ・アートの歴史の探索
  • 私が好きなジェネラティブ・アーティストとその作品の紹介
  • 多くの注目を集めつつあるジェネラティブAIアートの世界の探査

このテキストを読み終えたとき、ジェネラティブ・アートに対する私の愛に共感してもらうか、少なくともこのジャンルが好みでないことを冷静に話し合えるようになることを願っています。

ジェネラティブ・アートとは

Path - Casey Reas, 2001

Path – Casey Reas, 2001

シンプルすぎますが簡便なジェネラティブ・アートの定義は次の通りです。ジェネラティブ・アートとは、コンピュータを使い、創造のプロセスの一部に意図的に偶然性を取り入れたプログラムで作られたアートのことである。この定義は、2つの間違った見方をよくされ、ジェネラティブ・アートの美やニュアンスを認めることを遠ざけてしまいます。

よくある誤解・その1
アーティストは完全に制御していて、プログラムは常に書かれた通りに実行されるだけである。それゆえジェネラティブ・アートは、たとえ人間的で親しみやすいものだったとしても、アートが偉大になる要素である偶然性、偶発性、発見性、自発性を欠いている。

よくある誤解・その2
アーティストはまったく制御することなく、自律的なマシンがランダムにデザインを生成しているだけである。コンピュータがアートを作っていて、人間は制作者には値しない。本当のアートとはいえないのだから。

現実のジェネラティブ・アーティストは、作品に導入する偶然性の大きさや位置を周到にコントロールしています。

コントロールされた偶然性とは矛盾しているようにきこえるかもしれません。しかしアーティストや美術史家であれば、アーティストはつねに創造性を刺激するために作品に偶然性をとりいれる方法を模索してきたことを知っています。ジェネラティブ・アートにおいてコーディングするプロセスを思考することは、絵を描くことやスケッチすることとまったく同じことなのです。じっさい、多くのジェネラティブ・アーティストが好んで使うツールでは、制作される個々の作品のことを「スケッチ」と呼んでいます。

ジェネラティブ・アートの初期作品

初期のジェネラティブ・アート作品を見ていきましょう。

ゲオルグ・ネース(Georg Nees)の1968年の作品《Schotter》(砂利)は、最初期の最もよく知られているジェネラティブ・アートです。《Schotter》は、12個の正方形が規則的に並ぶ列からはじまり、下の列へと向かうにつれて、徐々に正方形の向きと位置が不規則に変わっていきます。

Schotter (Gravel) - Georg Nees ,1968

Schotter (Gravel) – Georg Nees ,1968

ちょっと想像してみてください。上の図を紙にペンで書くと、完成させるのに1時間はかかるでしょう。もし正方形の数を10倍にしたかったら、ゆうに10時間はかかりますよね。ジェネラティブ・アートのとても素敵で重要な特性がここにあります。Georg Neesは、コードをほんのすこし編集するだけで、正方形を何千個も増やすことができたのです。

複雑さや規模を大きくしようとすると、飛躍的に労力や時間が増えてしまうアナログ・アートと違い、コンピュータは疲れることなくほぼ永遠にプロセスを繰り返すことができます。これから見ていくように、複雑なイメージを生成できるコンピュータの使い勝手のよさが、ジェネラティブ・アートの美学に大きく貢献しています。

多くのイノベーションと同じく、ジェネラティブ・アートにおいても草創期の数年間にその可能性を追究した先駆者がいました。フリーダー・ネイク(Frieder Nake)とマイケル・ノル(Michael Noll)は、Georg Neesとともに、アートを生み出すコンピュータの使用を模索しました。当時のコンピュータにはモニターがなく、作品はプロッタで印刷されて共有されました。プロッタとは、ベクター・グラフィックス用に設計された大型プリンタのことです。

Hommage à Paul Klee - Frieder Nake, 1965

Hommage à Paul Klee – Frieder Nake, 1965

女性のジェネラティブ・アート先駆者

60年代や70年代は、だれもがジェネラティブ・アーティストになれる時代ではありませんでした。部屋をおおいつくす初期のコンピュータへのアクセスは極度に制限されていたからです。今日、ほとんどの人々は家庭でコンピュータとともに育ち、いまではポケットに入れて持ち歩いています。しかしコンピュータが誕生して数十年間は、大多数の人々がコンピュータに触れたことがなく、SFの世界でしか見たことがありませんでした。こうした背景があり、職場で女性たちが大きな性別差別を受けていた時代にありながら、多くの女性のジェネラティブ・アーティストが生まれ、技術やコミュニティに重要な貢献を果たしました。

ヴェラ・モルナール(Vera Molnár)は、多才なジェネラティブ・アーティストの(個人的に大好きな)一人で、何十年間も制作しつづけています。以下は、60年代、70年代、80年代のMolnárの作品です。

Interruptions - Vera Molnár, 1968/69

Interruptions – Vera Molnár, 1968/69

(Dés)Ordres - Vera Molnár, 1974

(Dés)Ordres – Vera Molnár, 1974

Untitled - Vera Molnár, 1985

Untitled – Vera Molnár, 1985

コンピュータが一般的に冷たく論理的なマシンと認識されていることを意識しつつ、Molnárはアーティストとして、コンピュータが創造性と人間性をもたらしてくれると語っています。

コンピュータの助けを借りなければ、これまでアーティストの頭の中にしか存在していなかったイメージを忠実に具現化することは不可能だったでしょう。逆説的に感じるかもしれませんが、冷たく非人間的だと考えられているマシンこそが、人間にとって最も主観的でたどり着きにくい深遠なものを形にするのに役立つのです。

ジェネラティブ・アーティストで研究者のリリアン・シュワルツ(Lillian Schwartz)は、1968年から34年以上にわたってベル研究所のアーティスト・イン・レジデンスをつとめました。彼女の功績は感動的です。彼女は、MoMAが買い上げたはじめてのジェネラティブ・アートの作家としてよく名前があがります。彼女の協力者ケン・ノウルトン(Ken Knowlton)とともに、ファインアートとしてデジタル・アニメーション作品がはじめて展示されたのです。1982年、ロサンゼルス・タイムズのインタビューで、Lillianは作品制作にコンピュータを導入したときの、アート界の友人から受けた冷ややかな反応を述懐しています。

この分野に携わる前はアート界で評価を得ていましたが、コンピュータを使い始めるとアーティスト仲間からのまなざしが売春婦を見るような目つきに変わりました。自作の美について議論できるアート界隈の集まりを見つけることができませんでした。アーティストの友人ではなくコンピュータ科学者の友人とつきあわざるをえなかったのです。

ジェネラティブな作品とは別に、Lilianは、美術史(私の人生の情熱)の分析においてコンピュータ・データベースの使用を切りひらいたことで、私のなかのヒーローの一人です。1984年、彼女はコンピュータを使って、ダ・ヴィンチ自身がモナリザのモデルだったことを証明し、世界に衝撃をあたえました。

Pixillation , photographic film stills - Lillian Schwartz, 1970

Pixillation, photographic film stills – Lillian Schwartz, 1970

ジェネラティブ・アートの草創期には、ほかにも重要な女性ジェネラティブ・アーティストがいました。彼女たちはこのジャンルを広めるために大きな貢献をしています。ソニア・ランディー・シェリダン(Sonia Landy Sheridan)は、1970年、シカゴ美術館で初のジェネラティブ・システム部門を創設しました。グレイス・ハートライン(Grace Hertlein)は、1974年に「Computers and Automation Magazine」誌のアート・エディターになったときに、初のジェネラティブ・アート・コンペを世に広めました。

MIT summer sessions poster - Muriel Cooper, 1958

MIT summer sessions poster – Muriel Cooper, 1958

プログラマーであることは知られていませんが、ミュリエル・クーパー(Muriel Cooper)はコンピューティング革命の美学を確立するのに誰よりも大きな影響をもっていました。Cooperはバウハウスのデザイン原則を習得していて、彼女の友人であり偉大なデザイナー、ポール・ランド(Paul Rand)の影響を受けています。CooperはMIT Pressで長年ディレクターを務め、MITにこの原則を浸透させました。その後、彼女は1975年にMITのVisual Language Workshop(VLW)を創設し、1985年にMITメディアラボとなる「起源の一つ」でした。これから見ていくように、メディアラボは、ほかのどの機関よりもジェネラティブ・アートの展開に重要な存在になります。

世界の変化に直面しデザインを再定義する必要があると見出したビジョナリー、Cooperは次のように信じていました。

機械社会から情報社会への移行には、新たなコミュニケーションプロセス、新たな視覚的言語やことば、教育、実践、生産の新たな関係を必要とする。

ジョン・マエダとMITメディアラボ

AI Infinity - John Maeda, 1994

AI Infinity – John Maeda, 1994

多くの人が、ジョン・マエダ(John Maeda)のことをロードアイランドデザイン大学の元学長、あるいは『シンプリシティの法則』の著者として知っているでしょう。しかしマエダがMITで工学を学んでいたとき、Murial Cooperの作品やVLWのとりこになったことは知られていないかもしれません。MITで工学部を卒業し修士課程を修了したのち、マエダは日本の筑波大学大学院芸術学研究科でデザインの博士号を取得しました。

Florada - John Maeda, 1990s

Florada – John Maeda, 1990s

MITに帰ってきたマエダは、メディアラボにAesthetics and Computation Group (ACG)を作りました。グループとしてのACGは、Murial CooperのVLWグループが制作した先行作品に強く影響を受けています。マエダは、著名な美術館で作品が展示されるすぐれたジェネラティブ・アーティストでありながら、ジェネラティブ・アートに多大に貢献しました。アーティストやデザイナー向けにプログラミングを探求するプラットフォーム「Design By Numbers」を開発したのです。

90年の後半マエダは、有能で同じ志をもつアーティストや技術者をメディアラボに採用し、「Design by Numbers」の仕事を補佐してもらいました。そのなかに、ベン・フライ(Ben Fry)やケイシー・リース(Casey Reas)がいました。FryとReasは、マエダの「Design by Numbers」を世界中の教室に取り入れ、さらに自分たちで独自のプラットフォームを開発し、大学の外にも共有でき、コードでスケッチすることを学びたい人がだれでも学べるようにしたのです。2人は、このプラットフォームを「Processing」と名づけました。

Ben Fry、Casey ReasとProcessingの誕生

Processingは、コンピュータをもつ世界中の人々にジェネラティブ・アートの扉を開きました。もう高価な機器は必要なく、何よりスケッチをプログラムしてアートを制作するのにコンピュータ科学者になる必要がなくなったのです。Processingの言語、環境、コミュニティはどれも、はじめからできるだけ多くの人々が使えるように注意深く作られています。

Processingは、ジェネラティブ・アートの制作と普及において決定的な転換点です。Processingの隆盛は、下のグラフにはっきりとあらわれています。

2005年から2018年前半にかけて、月毎にユニークなコンピュータでProcessingソフトウェアが開かれた回数。このグラフは、FryとReasによるProcessingの歴史についてのすばらしい記事「現代のプロメテウス」で発表されました。グラフの波は大学の学期と連動していて、新学期の秋に高まり夏休みのあいだは落ち着きます。このデータは、共有利用のコンピュータとソフトウェア設定でレポート機能をオフにしている場合は集計していません。

FryとReasはこれまで17年間にわたりProcessingの開発にあたり、著名なジェネラティブ・アーティストに愛用されるプラットフォームでありつづけました。2002年、2人は「より幅広い人々に届け、ソフトウェア開発を支援するため」にProcessing Foundationを設立します。ダニエル・シフマン(Daniel Shiffman)とローレン・マッカーシー(Lauren McCarthy)が創立メンバーに迎え入れられました。彼らは、Processingの歴史の進化を詳しく説明したすばらしい記事を書いています。この記事はぜひ読んでほしいです。Processingが全世代のアーティストとプログラマーにあたえた影響は、どんなに強調してもしすぎることはありません。データ・ビジュアライゼーション、ポップ・カルチャー、ジェネラティブ・アート作品を変革したのですから。

All Streets - Ben Fry, 2006

All Streets – Ben Fry, 2006

伝統的な絵画技法を身につけたアーティストとして、私はデジタル・アートをなかなか認められずにいました。2000年代初頭、生活のためにしぶしぶコンピュータを使って仕事をしていました。そんな私にとって長いあいだ、ジェネラティブ・アートとはとんがり過ぎ、ニュアンスに欠け、全般的にアナログ・アートより劣っているというのが個人的な見解でした。その後、2006年あたりにProcessingとジャリッド・ターベル(Jared Tarbell)の作品を発見してからは、すべての評価が一変しました。

Jared Tarbellが作るものは、今でももっとも先鋭的で、美的に心地よいと感じます。2003年にはProcessingの比較的初期のバージョンを使い、ジェネラティブ・アートに取り組んでいます。Tarbellは、ニューメキシコ州立大学でコンピュータ・サイエンスを学んだ後に、ひろく人気を博しているハンドメイド品サイトEstyを共同で設立しました。彼は自分のことを「一部はマジカル・ミステリー・ツアー(ジョン・レノンとポール・マッカートニー)、一部はブランデンブルク協奏曲(バッハ)、一部はSomnium(ロバート・リッチ)」だと説明します。

Substrate - Jared Tarbell, 2003

Substrate – Jared Tarbell, 2003

私にとって、Tarbellの作品は完璧なジェネラティブ・アートです。作品はカオスとコントロールの二重性を典型的にあらわしていて、強烈なレベルにあるビジュアルな複雑性は単純性からゆっくりと生まれていて、アルゴリズムから出てきたというよりも土壌から成長したように感じられるように作りこまれています。

Intersection Aggregate - Jared Tarbell, 2004

Intersection Aggregate – Jared Tarbell, 2004

Tarbellのコードから生まれた作品は脈を打っています。彼の作りだすデジタルな感触は、私の知るアナログ・アートと同じように有機的ですが、実際にはコードを通じてピクセルで構成されているのです。彼の作品は、私にとっては、コンピュータは最高水準のアートを作りだせるという信念を新たにさせてくれました。

Bubble Chamber - Jared Tarbell, 2003

Bubble Chamber – Jared Tarbell, 2003

Tarbellのプロセスの説明は、これまで議論してきたジェネラティブ・アートのコントロールされた偶然性というコンセプトを補強するものです。

プログラムを書くと、毎回同じように実行される。そこで創造主として、ランダムに発生するようなシステムを定義すると、自分のプログラムに驚かされるだろう。それは本当にすばらしいことだ。

Processing以前は、TarbellはMacromedia(現在はAdobe)Flashプラットフォームで制作するジェネラティブ・アーティスト集団の一人でした。彼のサイト、Levitated.netは、Flashのコーディング技法を深く理解しようとした世代のアーティストのための教材として役立っていました。今でもサイト上のオープンソースのコードにアクセスできます。

Joshua Davis、Flash、PrayStation

Jared Tarbellは、自身の作品に多大な影響を受けた作家の一人として、ジョシュア・デイビス(Joshua Davis)をあげています。1995年からDavisはプログラミングでアートを制作していました。彼は、Flashでジェネラティブ・アートを制作するアーティストのなかで、最初に名を知られた人です。

読者のみなさんはおそらくFlashを覚えているでしょう。2000年代初頭、Webにアニメーションとインタラクションを追加できるプラグイン、Flashをみなインストールしていました。デイビスはプラットに通い、はじめは絵画を、その後デザインを学びましたが、彼のスタイルはほぼ独学です。彼は、馬鹿騒ぎする生活から姿を現し、「山盛りのハードワーク」をこなしてFlashアーティストのムーブメントを先導しながら、印象的な作品制作をつづけています。彼は次のように説明します。

1998年頃に、はじめてドメインを買った。praystation.comっていうドメイン。興奮したね! ちょっとずつ腕をあげて、デザインを意識するようになった。自分が何をやってきたのかすら分からなかったけど、自分が何者で、何をやっているのかにちょっと気づいたんだ。その時だったよ、こう考えたのは。「俺はもうコンピュータ・アーティストなんだ! いつそうなったんだ?」。テクノロジーを使ってアートを作りたくて、ついに探し求めていた新しい表現方法を発見したんだ。

ps3-praystation-v1 - Joshua Davis, 2001

ps3-praystation-v1 – Joshua Davis, 2001

Shapeshifter|Sonic Architecture - Joshua Davis, 2001

Shapeshifter|Sonic Architecture – Joshua Davis, 2001

ps3-praystation-v1 - Joshua Davis, 2001

ps3-praystation-v1 – Joshua Davis, 2001

デイビスのハードワークととんでもない気前の良さのミックスが、ジェネラティブ・アートにとって、他のアーティストのプラットフォームとしてFlashが普及する決定的なポイントでした。彼は、「オープンソース」として自分のコードを共有するようにした最初のジェネラティブ・アーティストの一人でした。おかげでだれもが彼から学びとることができたのです。

ものをあげるのが大好きなんだ。DIYカルチャーが教えてくれたことだからね。知識は自由だってこと。人間として、自分たちが知っていることを共有すれば、利益を上げて蓄えようとするよりも、ずっと多くの利益を得ることができると信じているんだ。

2001年、Davisの《Praystation》はArs Prize Technicaを受賞し、現在クーパー・ヒューイット博物館に収められています。

人工知能とジェネラティブ・アート

AI Generated Landscape #6 - Robbie Barrat, 2018

AI Generated Landscape #6 – Robbie Barrat, 2018

流体の有機的なイメージは、これまで見てきた幾何学的抽象から離脱していると感じられるかもしれませんが、AIアートもジェネラティブ・アートの一部分です。AIアートの最近の作品の多くは、GAN(敵対的生成ネットワーク)によって作られています。GANは、コンピュータ科学者のイアン・グッドフェロー(Ian Goodfellow)が発表したニューラル・ネットワークに基づいた概念です。難しそうに聞こえますが心配しないでください。少し簡単に説明します。

GANは、2つのニューラル・ネットワークで構成されています。これは人間の脳のように思考するよう設計された基本的なプログラムです。ここでは、2つのニューラル・ネットワークを2人の人物として考えます。1つ目の「生成ネットワーク」はアートの贋作作家として、2つ目の「識別ネットワーク」はアートの批評家としてです。ここでは、アートの贋作作家に、批評家の目を欺く贋作を作成するために、1,000点のピカソの絵が掲載された画集を訓練の材料として与えてみます。贋作作家がピカソの絵を3、4点しか見なかったら、精巧な贋作を作ることはほとんどできず、批評家はすぐに見破ってしまうでしょう。ところが十分な量の素材を見てから何度も試行すると、批評家をかんたんにだませる絵を実際に作りはじめるかもしれませんよね。

AIアートにおけるGANでも、これとまったく同じことが起きています。ロビー・バラット(Robbie Barrat)のようなアーティストは、数年間、こうしたイメージを生成するシステムの創造的な可能性を探求してきました。

Nude Portrait - Robbie Barrat, 2018

Nude Portrait – Robbie Barrat, 2018

Barratは、ありがたいことに、2018年4月のインタビューで、このプロセス(とその中でのアーティストとしての自分の役割)を詳しく説明してくれました。

ところがGANを訓練した後、潜在空間と呼ばれるものが出現する。存在しうるすべての絵は、生成ネットワークに供給している高次元空間のなかに配置されている。この絵の配置はランダムではなく、しっかり理にかなっているんだ。だから以前の絵とよく似た絵が欲しければ、最初の絵と非常に近い点を選びとればできる。一方、次元のなかには実は配色を示しているようなものもある。よりカラフルにしたい世代があれば、次元の1つを調整すればできる。つまり、いくらかコントロールはできるが、実行後にしかできない。GANに特定の絵を描くようには伝えられないが、好きな絵を見つけたら、後からそれを調整することはできる。

やや技術的に感じられるかもしれませんが、アーティストが創作のプロセス全般にわたって相当のコントロールを握っていることは明らかです。実際そこには芸術性が取り込まれているのです。ぜひRobbie Barratのインタビュー全文を読んでみてください。彼は、AIアートを評価するためにGANの理解に必要な基礎情報をしっかり説明してくれました。

最新作では、Robbieはバレンシアガ(Balenciaga)のオンライン・ファッション・カタログの画像を収集し、AIモデルの訓練に使いました。GANは、まったく新しいファッションとスタイルを生み出しました。どれも、これまでの熟練のファッション・デザイナーからは出てこないものばかりです。Barratは、シンメトリーでなかったり、ポケットがランダムに配置されていたり、手持ちのタッセル(飾りふさ)のような役に立たない装飾品が付いているものをとくに気に入っています。

AI Fashion - Robbie Barrat, 2018

AI Fashion – Robbie Barrat, 2018

AI Fashion - Robbie Barrat, 2018

AI Fashion – Robbie Barrat, 2018

Barratは新しいAIの衣装をモデルにマッピングするために、DensePosePix2Pix技術を組み合わせて使用していると説明しました。DensePoseは人間のポーズを推定しようとし、「……人体の3D表面にRGB画像で人間全体のピクセルをマッピングしようとする」。簡単に説明すると、RobbieはBalenciagaのカタログの服を認識できるだけでなく、ファッション・モデルのポーズも認識できるようにAIを訓練しているため、AIが生成するファッション・モデルや姿勢に新しいファッションをマッピングしています。Barratは次のように説明します。

pix2pixはGANと同じですが、ノイズを取り込んでいるところが違います。生成ネットワークは1枚の画像を取り込み、別の画像を出力しようとします。識別ネットワークは両方の画像を見て、生成された画像かどうかを判定するのではなく、良いペアが作られているかどうかを判定するのです。

Example showing use of DensePose and Pix2Pix

Example showing use of DensePose and Pix2Pix

最近のニュース記事の急増ぶりから、アートにおけるAIの使用が、多くの人々の興味を引く話題であることに間違いはありません。それとは別に、おそらく何よりも重要な疑問は、「そのアートそのものが本当に面白いのか?」ということです。Robbie Barratの作品は、私にとってそのハードルを越えた最初のものでした。AIアートにも、ミュージアムにある多くの偉大なアートに見られる時代を超える質の高さがあります。高水準なAIアートかどうかをテストするには、その作品がAI(ツールも魅力的ですが)で作られたことを知らずにいても、最終結果を評価できるかどうかでわかります。マリオ・クリンゲマン(Mario Klingemann)も、このテストをあっさりパスしたアーティストです。

2人のスタイルは全くユニークで異なりますが、Barratが自分のテクニックを刺激する人物としてよくKlingemannを推していることに驚きはありません。Barratは最近Twitterでこう言っています。

私のファッション作品で使っているDensePose + Pix2Pixメソッドの着想にあたっては、@quasimondoに負うところが大きい。彼の作品は要チェック。実際の肖像画を訓練データとして使用したプロセスから、実に魅力的な結果を引きだしている。

Barratの言う通りです。Klingemannの最近のPix2Pix/DensePose作品は、美的に新鮮で洗練されています。AIで生成された手っ取り早く作られたAI肖像画はそうではありません。Klingemannの作品は、美術史の修正主義者のようです。この作品は、古い絵画の不気味さをすべて煮詰めてデジタル・シュルレアリスムの傑作にしています。表面のほこりが匂ってくるかのようです。作品を見ていると、ボストン美術館の「アメリカのアート」展示室にある今はなき厳しさのなかにいる6歳の子どもになったように感じられます。古い絵画の軽蔑的な家父長的で厳格なまなざしは、Klingemannが取り入れたニューラル・ネットワークで異常と変形が溶けあって、より不気味さを増しています。

DensePose vs. Pix2Pix - Mario Klingemann, 2018

DensePose vs. Pix2Pix – Mario Klingemann, 2018

DensePose vs. Pix2Pix - Mario Klingemann, 2018

DensePose vs. Pix2Pix – Mario Klingemann, 2018

DensePose vs. Pix2Pix - Mario Klingemann, 2018

DensePose vs. Pix2Pix – Mario Klingemann, 2018

Klingemannは自分の作品が気味の悪いことを知っていて、そのことを彼は(私も)気に入っています。 最近、AIアートが「魅力的」であるかどうかという疑問がTwitterにあらわれたとき、Klingemannはこう答えました。

私が目指しているのは面白いイメージを作ること。私の作品を知ってるかわからないけど、よくもらう反応は、「悪夢のもと」「気色悪い」「不気味」……。個人的には、退屈、ありふれた、普通、やりがいのない、2次的だとかといわれるよりは、醜いほうがいいね。

このことに賛同します。Twitterのチャットに参加し、Klingemannの考えをききました。その日の朝、友人のアート記者が私に訊ねた質問、この種のアート作品の所有者はだれか(人間かマシンか)について、Klingemannはこう答えました。

ほかのマシンと同じで、マシンのオーナーかオペレーターが所有している。写真家やピアニストに訊いてよ。

彼の返答に驚きはありませんでした。自作でどのような役割を果たしたのかを答えなければならなかった、この記事で取り上げている他の多くのジェネラティブ・アーティストと同じだからです。

AI技術がますますアーティストにとって使いやすくなっていることにわくわくします。クリストバル・ヴァレンズエラ(Cristóbal Valenzuela)はそんなツールを開発しています。まず、「Text 2 Image」ツールでは、単語を入力するとAIが描画しようとします(結果はさまざまです)。たとえば、「宇宙船でバナナを吸う男」とタイプして、エンターキーを押すと、次のイメージができました。

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ボタンを押すだけでイメージやエフェクトをつくれる場合、その画像はたいていあっという間に陳腐化します。そのため90年代初頭に氾濫したPhotoshopフィルターを使ったイメージの津波には、似通ったものがあるのは想像に難くありません。一方、ValenzuelaはPhotoshopとは異なるツールを開発し、AIを活用してアーティストやデザイナー向けの新しいツールを民主化しています。うそをつくつもりはありません。私は行列の先頭にいて遊びたいんです。

AI技術がますます身近になるにつれて、他者の開発した古いツールを再利用したり、使い古されたビジュアルを作るのにボタンを押したりすることから、並外れたアーティストを浮かび上がらせるには、芸術性と技術の進歩がさらに重要になります。私はその余地に魅了されていて、Robbie Barrat、Mario Klingemann、トム・ホワイト(Tom White)、ヘレナ・サリン(Helena Sarin)、メモ・アクテン(Memo Atken)、ジーン・コーガン(Gene Kogan)などといったアーティストを、作品の進化とともに間近に見つづけていくでしょう。私はまた、これを書いている時点で、伝統的なアート業界が注目し始めたことにも言及しておきます。

まとめと結論

この記事は、あまりにも多くの人々が「デジタル・アートは好きじゃない」と言っているのをきいたことから始まりました。これは「私は絵画が好きじゃない」と言っているようなものです。デジタル・アートは広大な分野で、ジェネラティブ・アートはその一部分にすぎません。もし人々がこのジャンルをよく理解したら、彼らはアーティストの技能とその作品をより深く理解するはずです。

私の目標は、コードや数学について話すことなく、読者にジェネラティブ・アートを愛してもらう、または少なくともジェネラティブ・アートをより理解してもらうことにありました。このジャンルの理解は、作品の背後にあるアルゴリズムやプログラミングを探ることによってのみ深まります。しかし、絵画を鑑賞するのに描画技法を知る必要がないのと同じように、プログラミングを理解しなくてもジェネラティブ・アートを鑑賞できるはずです。

ずいぶん長文になってしまいましたが、この記事でジェネラティブ・アートの全史を書くつもりはありませんでした。多くのすばらしいアーティストや主要な実践者が抜けています。この記事は、私の好きなアーティストをとりあげたジェネラティブ・アートの歴史の一つの軌跡です。もし将来1冊の本を書く機会をもらえたら、完全な歴史を書けるとおもうとわくわくします。

これまで学んできたことをまとめてふり返りましょう。

  • ジェネラティブ・アートは20世紀美術の中心的テーマの拡張である
  • アーティストは作品の成果において重要な役割を果たしている
  • その創作のプロセスは伝統的なアート制作と非常によく似ている
  • ジェネラティブ・アートには1960年にさかのぼる分厚い歴史がある
  • 女性はこのジャンルにおいて重要な役割を果たしつづけている
  • MITは才能豊かなジェネラティブ・アーティストを輩出した
  • この20年間で、このジャンルは拡張し、オープンソース運動、Processingのような改良されたツール、あたたかいコミュニティとして結実した
  • GAN、Pix to Pix、DensePoseを使うAIアートは、ジェネラティブ・アートのサブジャンルである
  • すべてのジェネラティブ・アートと同じく、AIアートもほとんど人間主導で作られる

私は学部で美術史を学び、デジタルメディアで修士号を取得したので、このようなブログ記事を書く資格があると考えています。とはいえこの記事は、多くの点で私個人の物語ではありません。間違いを犯した可能性も大いにあります。参照した作品について何かしら誤りがあるかもしれませんが、作者の行為にたいして大きな敬意をはらい尊敬の念をこめて作品を掲載したことをご了承ください。訂正がありましたら、[email protected]までメールいただければとおもいます。

最後に、この記事のトップ画像がManolo(Manuel Gamboa Naon)の作品だと気づいた人がいるかもしれませんが、本文では彼に触れていません。これはあえてそうしていて、予告編として作品を掲載したのです。Jared Tarbell、Robbie Barrat、Mario Klingemannと並んで、Manoloは私が大好きなジェネラティブ・アーティストの一人です。数ヶ月前に、近々発表される作品について彼にインタビューする幸運な機会を得ました。彼の作品については短い文章では到底書きつくせません。これからインタビューを公開することを楽しみにしています!

Manoloのインタビュー記事(英語)はこちらです。
Generative Art Finds Its Prodigy — Artnome

2018-09-01 SMAARTアートマネジメントセミナーを開催しました

2018年9月1日、佐賀大学でSMAARTアートマネジメントセミナーを開催しました。今回は、わたしが企画を担当した講座です。

博報堂「生活圏2050」プロジェクトリーダー、鷲尾和彦さんをお招きし、「未来を育む都市:オーストリアの中規模都市の事例を通して」と題してレクチャーをしていただきました。

アートマネジメントセミナー

今回のテーマは、「アルスエレクトロニカ」です。アルスエレクトロニカは、世界中のメディアアート関係者が知る、その世界では有名な芸術祭です。先端的なアートや表現が集結するというイメージですが、今回のお話は文化政策や都市計画の側面が中心です。お話は多岐にわたりましたが、心に残ったポイントをこの記事でまとめます。

Ars Electronica

この芸術祭が開催されているのはオーストリアのリンツ市。人口約20万人の都市です。オーストリアは人気の観光地ですが、日本語の観光ガイドにリンツ市の情報はほとんど載っていません。もともと鉄鋼業が盛んな工業都市として発展してきたまちで、ウィーンやザルツブルクのような国際的知名度はありませんでした。ところが現在のリンツは、文化産業の都市へと政策転換しています。そのきっかけになったのが、1970年代に市民が主体的にはじめたテクノロジー・アートのお祭りだったそうです。

オーストリアはハプスブルク帝国でしたが、今では小国にとどまっています。リンツはヒトラーの故郷で、彼が都市改造を計画した町でもあります。第二次世界大戦中、近郊にはナチスのマウトハウゼン強制収容所があり、多くの収容者が過酷な労働を課されてしました。戦後は、鉄鋼業の大規模工場によって、ひどい公害問題に悩まされます。近年では、ヨーロッパの「玄関口」として多数の難民が入り込んできています。鷲尾さんによれば、個人の力ではどうにもならない、いわば「大きな力」に左右された「小さな」町であることが、この町の特徴なのです。そのなかで立ち上がった市民主体の芸術祭には、工業都市にいる技術者たちの矜持、反体制的な音楽が生まれる風土も関係しているといいます。芸術祭が、著名なアーティストや有名企業を起用するような「権威」や「抑圧的なパワー」の場に偏らないように、草の根的なプロジェクトも同時に展開し、参加者に「どちらの未来がよいとおもう?」と問いかけるような仕掛けをほどこすといったバランス感覚にも感心させられました。

アルスエレクトロニカでは、国際コンペティション「Prix」(プリ)など、いろいろな取り組みがあります。なかでも印象的なのが、アルスエレクトロニカ社という公社を設立し、事業もてがけていること。アルスエレクトロニカを地方再生の成功事例としてきくと、「日本(の行政の仕組み)ではできない」と感じてしまいます。表面的に「まねしよう」とすると確かにそうかもしれません。鷲尾さんは、安易に真似ようとする風潮に釘を刺し、地中の根を含めた樹の断面図をみせました。「外からおいしそうにみえる果実だけを採って移植しても、ちがう土地でうまく育つわけがない。その土地の土壌(歴史文化)にふさわしいものを根っこから育てていく必要がある」と。

「次の世代のために自分の町をどうしたいですか?」──最後の質問には、小さくても始められることがあるんじゃないですか、という呼びかけに聞こえました。

鷲尾さんは今年もアルスエレクトロニカ・フェスティバルに行かれるとのこと。渡航直前のお忙しいなか、佐賀で貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。