2018年9月1日、佐賀大学でSMAARTアートマネジメントセミナーを開催しました。今回は、わたしが企画を担当した講座です。
博報堂「生活圏2050」プロジェクトリーダー、鷲尾和彦さんをお招きし、「未来を育む都市:オーストリアの中規模都市の事例を通して」と題してレクチャーをしていただきました。
今回のテーマは、「アルスエレクトロニカ」です。アルスエレクトロニカは、世界中のメディアアート関係者が知る、その世界では有名な芸術祭です。先端的なアートや表現が集結するというイメージですが、今回のお話は文化政策や都市計画の側面が中心です。お話は多岐にわたりましたが、心に残ったポイントをこの記事でまとめます。
この芸術祭が開催されているのはオーストリアのリンツ市。人口約20万人の都市です。オーストリアは人気の観光地ですが、日本語の観光ガイドにリンツ市の情報はほとんど載っていません。もともと鉄鋼業が盛んな工業都市として発展してきたまちで、ウィーンやザルツブルクのような国際的知名度はありませんでした。ところが現在のリンツは、文化産業の都市へと政策転換しています。そのきっかけになったのが、1970年代に市民が主体的にはじめたテクノロジー・アートのお祭りだったそうです。
オーストリアはハプスブルク帝国でしたが、今では小国にとどまっています。リンツはヒトラーの故郷で、彼が都市改造を計画した町でもあります。第二次世界大戦中、近郊にはナチスのマウトハウゼン強制収容所があり、多くの収容者が過酷な労働を課されてしました。戦後は、鉄鋼業の大規模工場によって、ひどい公害問題に悩まされます。近年では、ヨーロッパの「玄関口」として多数の難民が入り込んできています。鷲尾さんによれば、個人の力ではどうにもならない、いわば「大きな力」に左右された「小さな」町であることが、この町の特徴なのです。そのなかで立ち上がった市民主体の芸術祭には、工業都市にいる技術者たちの矜持、反体制的な音楽が生まれる風土も関係しているといいます。芸術祭が、著名なアーティストや有名企業を起用するような「権威」や「抑圧的なパワー」の場に偏らないように、草の根的なプロジェクトも同時に展開し、参加者に「どちらの未来がよいとおもう?」と問いかけるような仕掛けをほどこすといったバランス感覚にも感心させられました。
アルスエレクトロニカでは、国際コンペティション「Prix」(プリ)など、いろいろな取り組みがあります。なかでも印象的なのが、アルスエレクトロニカ社という公社を設立し、事業もてがけていること。アルスエレクトロニカを地方再生の成功事例としてきくと、「日本(の行政の仕組み)ではできない」と感じてしまいます。表面的に「まねしよう」とすると確かにそうかもしれません。鷲尾さんは、安易に真似ようとする風潮に釘を刺し、地中の根を含めた樹の断面図をみせました。「外からおいしそうにみえる果実だけを採って移植しても、ちがう土地でうまく育つわけがない。その土地の土壌(歴史文化)にふさわしいものを根っこから育てていく必要がある」と。
「次の世代のために自分の町をどうしたいですか?」──最後の質問には、小さくても始められることがあるんじゃないですか、という呼びかけに聞こえました。
鷲尾さんは今年もアルスエレクトロニカ・フェスティバルに行かれるとのこと。渡航直前のお忙しいなか、佐賀で貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
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